如月五月の「ちょっと気になる話題、情報を斜め視線から」

ちょっと気になる話題、情報を斜め視線で解説

著者お得意の「世間の常識を論破」本。人口減少は経済成長に無関係

 

未来年表 人口減少危機論のウソ

高橋洋一

2018年11月2日

 昨年ベストセラーとなり話題を集めた「未来の年表」に真正面から反論するというのが本書のタイトルのよ
うだが、実際の内容は人口問題、移民、年金、雇用といったテーマで巷に溢れる常識を覆すことを目的とした
本である。

 まず序章で、巷の人口減少危機論を支持するのは地方公共団体の関係者だと指摘している。その根拠は、人
減少で自治体が合併を迫られ職員がポストや職場を失うから。公務員には倒産など失業への危機意識がない
だけに、仕事を失う恐怖は民間企業以上であろうことは想像に難くない。
 
 そのうえで、第1章「人口問題の本質」で、予想通りに人口が減ってもGDP成長率に対する影響度は最大で
0.7%で、影響はほとんどないとしている。具体的には、人口増減率と物価上昇率の相関関係を見ると、2000
年以降は相関係数がマイナスとなり、むしろ人口が減少しているのに物価が上昇する、という「人口の減少と
デフレは関係がない」状況だそうだ。

 第2章のテーマは移民。ここでも著者は「政府が移民受け入れに本腰を入れた」といった世間の論調に異を
唱える。政府の「入国管理局を庁に格上げする」という方針には、移民受け入れ歓迎ではなく、これまで法務
省があまりに裁量的だった入出国審査を、「厳格化・透明化」を実行する意図があると解説している。

 この背景には「移民を受け入れれば、必ず社会問題は起きる」という著者の考察があるが、これには私も同
意したい。一部の人権派の間には「日本も移民を受け入れるべきだ」と無責任な主張する向きもあるが、過去
にドイツはトルコからの移民を積極的に受け入れた結果、移民が呼び寄せた家族で病院が一杯になり、ドイツ
国民が病気でも入院できない事態が発生したし、現在の欧州、米国でも失業問題などを契機に移民排斥の傾向
にある。
 今回に限れば移民は人手不足にあえぐ産業界からの要請という「内需」によるものだが、本来移民が発生す
るのは、その国の政治・経済上の失策という「外需」が原因であり、少なくとも日本が他国の失敗の尻拭いを
して、移民を受け入れなければいけない理由はどこにもないはずだ。すでに世界の途上国各国に日本は経済的、
人的援助をすでに行っている訳で、このうえさらに「移民」の面倒まで見ろというのは、まさに「おんぶに、
だっこに、おしっこ」である。
 
 第3章は「年金と社会保障」。ここで年金制度が抱える諸問題を解説したうえで、5年に1回年金の財政検証
を行っており、年金制度は破綻しないと結論付けている。もっとも検証時の前提条件の甘さという政策上の問
題はあり、経済政策が失敗すれば支給額は減るが、その減額幅は年間数万円くらいだそうだ。個人的な将来の
老齢年金に対するイメージでは「減額はその程度では済まないのでは」とも思うのだが、計算上はそうなるら
しい。

 第4章は「雇用政策」。ここで著者は、公務員の定年延長は天下り廃止につながるので、もっと早く定年を
引き上げるべきだった。としている。民間企業の定年延長が進まないからまずは公務員が率先すべきだという
ことだが、この指摘には疑問がある。

 まず、勤め先の経営破綻がなく定年まで確実に雇用が保証される公務員のさらなる定年延長と、数年先の雇
用体系も不透明な大半の民間企業の雇用延長を同列に比べるのはいささか乱暴ではないだろうか。例えば、公
務員は失業がないから「雇用保険を払っていない」など制度自体の仕組みが異なる。

 加えて「公務員が先に実行するのだから、民間はあとに続け」という論調には、「民衆は黙ってお上の言う
ことを聞け」という上から目線がどうにも拭えない。

 第5章は「地方分権」。まずその成功例として、ふるさと納税制度を挙げている。納税者が税金の使い道を
決めるという意味からも、個人的に大いに利用しているし評価もしている。もっとも、都市部の一部には「税
収が減って困る」という自治体もあるようだが、著者が言うように、税収が減ったのはその自治体に魅力がな
いからである。
 これを言うと「自分の地域には特産品が見当たらない」などと見苦しい弁解が聞こえてきそうだが、これは
自治体の発想力、実行力の問題だろう。これはふるさと納税のサイトで見つけたのだが、例えば山形県真室川
町では、100万円の納税で「一日町長体験」ができる。これなどはまさにアイディアの産物だろう。何の努力
もせずに税収減を嘆くのは、自治体の無能ぶりを自らさらけ出していることに等しい。

 また、最近ふるさと納税の返戻品にケチを付けた総務省の本意は、「税金の使い道の自由が効かないため
だ」いうのも合点がいく指摘だ。官僚は絶対に自分が正しいという論理思考から、とかく国民を自分の思うよ
うに行動させたがるのである。

 終章は、人口減に向けての対策がテーマ。個人で対応すべき問題として老後格差を挙げている。年金制度は
破綻しないが受け取る年金は最低限なので、貯蓄や私的年金が欠かせないとしている。具体的には、税制優遇
措置を活用する点でイデコ(個人型確定拠出年金)を推奨する一方で、貯蓄型保険は手数料が10%と高いので
不利、掛け捨て型保険はさらに手数料が高い、としている。

 これは著者の思い違いだと思うのだが、貯蓄型と掛け捨て型の保険を同類に扱うのは無理がある。そもそも
「保険」は、万が一のために備えるのが本来の目的であり、その意味では大多数の人が払い損になるが、ごく
一部の対象者が多額の保険金を受け取る火災保険、自動車保険こそ保険としての存在意義があるはずだ。

 「保険で貯蓄を」という考え方自体が、もともとの保険の趣旨から逸脱しているのである。この手法が通用
したのは予定利率が5%以上あった20年以上前の話だ。

 本書を通じて著者が言いたいのは、「根拠のない通説に惑わされるな」ということだろう。人口問題ひとつ
を取っても、データを踏まえて経済成長との関連性を否定する内容には納得できる部分が大きい。

 ただ、著者の主張もあくまで「説得力のあるひとつの意見」として受け止めるべきで、自分なりの見識をも
ってこれを判断することが重要だと思うし、著者も読者にそれを望んでいるはずだ。

【追記】
 著者は、大蔵省勤務時代から朝は職場に行かないという「勝手にずっとフレックス勤務」だったそうだ。
ちなみに残業もほとんどしなかったらしい。

 過酷な仕事ぶりと上下関係で知られる最強官庁に、このような人材が存在し、理財局資金企画室長にまでな
ったという経歴を見ると、当時の大蔵省は「異端者も受け入れるほど懐が相当深かった」のか「本人が普通の
官僚の枠に収まらないほど優秀だった」のか、大変興味深いところである。